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2006年10月28日三代川(みよがわ)河川敷植栽事業に伴う苗木植付活動実施

午前8時、目安周辺の自治会長はじめ農家組合長の方々、役場の担当課と共に、三代川河川敷き松葉菊の苗木を植える。      

 現在、周辺地域の11の自治会と7つの農家組合からなる「三代川愛護会」の方々が助宗の心を引き継ぎ、三代川の環境を守るため松葉菊の植栽等河川の美化運動に取り組んでいる。  


  助宗について       
水害で地域を救った功労の人(断恨の碑)       
助宗さんの遺徳を偲ぶ法要       
  毎年、5月6日に融念寺では、助宗法要が営われている。町長をはじめ周辺地域の自治会長の他、たくさんの関係者が助宗(すけそう)さんの遺徳を偲び参加する。融念寺境内の片隅にひっそりと「断痕碑」と刻まれた石碑がある。明治38年ごろ建立された。          
地域の農地農民を救った功績で「断痕碑」建立       
享保7年(.1722年)8月.降り続く大雨で、目安地区の南方を東西に流れる大和川が決壊。堤防の北側に広がる目安の村をはじめ、服部、小吉田、稲葉、五百井の地域が、見渡すかぎり湖のようになり、稲穂が風になびきはじめたころで、水はひくこともなかった。       
当時、この地域を治めていた庄屋の杉岡助三郎(助宗)が、事態を見かねた助宗は、大雨で浸水した5つの村の中央に排水路(三代川)を掘り、田畑に滞留している雨水を集め地域の下流にあたる大和川へと流したことにより、地域の農地農民が救われた。       
しかし、助三郎は、私財を投げ打って工事をしたものの、幕府に、工事の許可 を得ることなく実施したため、断罪に処せられた。       
当時は、罪人扱いされたことで、特に、遺徳を偲ぶ人もなかったが、明治38年4月 5ヶ村の庄屋をはじめ、地域の有志の協力のもと、助宗の功労による業績をたたえここに、「断痕碑」を建立。                 
助宗の心を引き継ぐ「三代川愛護会」                     そして、現在、周辺地域の11の自治会と7つの農家組合からなる「三代川愛護会」の方々が助宗の心を引き継ぎ、三代川の環境を守るため松葉菊の植栽等河川の美化運動等に取り組んでいる。    


 早期に三代川改修工事の実現を !       
現在、町行政・議会・地域自治体が一体となり三代川の改修計画を上流に向って、進めている。       
しかし、改修の進捗状況は、思うようには進まず遅れている。いつ大雨が降り、浸水する地域が出るかと思うと一刻も早く現実的に、改修工事を進めなければならない。地域住民の安全・安心 のために、今後、計画の早期実現に向け取り組んで参ります。       

   
  

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