
1992年、環境問題に関心が高かった大学生の石川ひろたかは、ブラジルでの環境サミットのニュース報道に釘付けになった。「若い世代が力を合わせれば、地球環境の改善に貢献できる」。触発を受けた石川は、各地の大学の環境サークルと交流を重ね、全国規模の環境NGO(非政府組織)を創設。このNGOを通して研修集会の開催や「マイ箸」運動、ごみの分別運動などを展開し、日本の学生代表として海外での環境保護活動にも参加した。「世界の環境問題に尽力したい」。これが外務省に入省した石川の志だった。

外務省での担当地域は、紛争の絶えない中東地域。シリア、オマーンの各大使館勤務を経て、2004年4月から約1年半、イラクのサマーワに駐在した。そこでの彼の仕事は、同じ環境でも「生活環境」の再建だった。?足場?となる学校や病院の整備、給水活動や発電所の建設。自衛隊の宿営地に寝泊まりしながら、復興支援にあたった。激務だった。
なかでも力を入れたのは、現地の人々の「心の復興」。「”物”を満たすだけでなく、”心”を満たしてほしい」。現地にいるからこそ、それを機敏に感じた。荒廃した街中で、有志で結成された音楽隊と連携し、学校の修復を祝う場でコンサート。さらに、サッカー場修復にも携わった。手を叩き、瞳を輝かせるイラクの子どもたち。「どんな困難な状況で
も、人と人との絆が社会を変える力になる」。深く心に刻んだ。
世界から大阪へ、再び舞台は変わる。しかし、石川の信念は変わらない。「世界の環境問題に尽力する」。そのために環境技術の集積・活用で、日本を元気にしたい。そして「苦しむ人の生活環境を変えたい」。人情味あふれる生まれ故郷・大阪で、人と人を結ぶ政治の実現へ。課題は山積。困難も立ちはだかる。だが世界で鍛えられた石川には「変革の力」が、みなぎっている。